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弁護士 宮地 政和

労働条件の不利益変更に関する注意点やリスクは?

新型コロナウイルスの感染拡大は、中小企業の経営にも深刻な影響を及ぼしています。会社(使用者)にとっては苦渋の決断ですが、業績の悪化により人件費を削減する必要に迫られ、従業員(労働者)の労働条件の変更を検討せざるを得ない場合もあるでしょう。

しかし、一度労働者と合意した労働条件を使用者が自由に変更することは原則として認められません。そして、不用意な労働条件の不利益変更は、思わぬトラブルに発展する可能性があるため注意が必要です。

そこで、今回は、労働条件の不利益変更に関する注意点やリスク等を解説します。

労働条件の不利益変更とは

労働条件とは、労働者の職場における待遇(賃金、賞与、諸手当、労働時間、休憩時間、就業場所、従事すべき業務、懲戒解雇事由、定年の定め、休日、福利厚生等)のことを指します。これらは、雇用契約書等個別の労働契約によって決定される場合もあれば、使用者が作成して労働者に周知された就業規則により定められる場合もあります。

労働条件の不利益変更とは、基本給の引き下げ、諸手当の廃止、残業代や休日、シフト時間の変更等、一度合意した労働条件を使用者が労働者に不利になるように変更することをいいます。

労働者からすれば、このような不利益変更が自由に行われるとなると、安心して働くことができません。そこで、こうした不利益変更を行うためには、原則として労働者の同意が必要となります(労働契約法8条)。
ただし、就業規則の変更による労働条件の不利益変更については、一定の要件を充たす場合に限り、労働者の合意なくとも例外的に許容されます

就業規則による労働契約の内容の変更

1.変更の合理性が必要

就業規則の変更による労働条件の不利益変更は、就業規則の変更が「①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」(労働契約法10条)に認められます。以下では、合理性の判断のためにここで例示されている①~④の要素を具体的にご説明します。

①労働者の受ける不利益の程度

例えば、賃金や退職金は労働者にとって一般的には最も重要な労働条件ですので、これらを引き下げる場合には、労働者の受ける不利益の程度は大きいと判断されやすいといえます。ただし、給料を減額する代わりに労働時間を短くする場合のように、ある労働条件について不利益変更が行われるのと同時に他の労働条件を改善する措置が講じられる場合には、労働者の受ける不利益の程度が緩和されたものと判断されることもあります。

②労働条件の変更の必要性

労働条件の変更を行わなければ会社が倒産してしまうなどの切迫した状況であれば、必要性は高いと判断され、合理性が認められやすくなります。他方で、経営が傾くほどではないが、人件費比率が上がっているという程度の理由であれば、必要性が高いとは認められない可能性があります。

③変更後の就業規則の内容の相当性

労働条件の変更の必要性が認められるとしても、変更後の就業規則の内容が労働者に著しい不利益を強いるものであり、変更の必要性と釣り合っていない場合には、相当性がないと判断される可能性が高くなります。

④労働組合等との交渉の状況

労働組合等、労働者の意思を代表するものとの交渉の経緯、結果等も合理性の判断のために考慮されます。

2.就業規則の周知

就業規則変更に関する合理性を確保できた場合でも、そもそも使用者は、就業規則を「常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって、労働者に周知させなければならない。」(労働基準法106条1項)とされている点にも注意が必要です。

つまり、変更後の就業規則は、労働者がいつでも閲覧できる状態になっている必要があり、例えば社長のデスクの引き出しに入れたままになっているような場合には効力を生じません。なお、具体的な周知の方法としては、以下の3つが定められています(労働基準法施行規則52条の2)。

①常時各作業所の見やすい場所へ掲示し、または備え付けること。
②書面を労働者に交付すること。
③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。

労働条件の不利益変更が違法とされた場合のリスク

1.罰則について

労働条件の不利益変更が違法とされた場合の罰則は法律上定められていません。
ただし、変更後の就業規則は労働基準監督署に届け出なければならず、これを怠った場合は30万円以下の罰金の対象となりうるので注意が必要です(労働基準法89条、120条1号)。

2.損害賠償を請求されるリスク

労働条件の不利益変更が違法とされた場合、変更前の労働条件が労働契約の当事者に適用されます。そして、労働者は、違法な状態が継続していた間に受けた損害について、使用者に損害賠償を請求することができます。

例えば、基本給の減額が違法とされた場合、使用者は減給前の基本給を基準とした給与を支払う義務が生じます。特に、違法な状態が長期間であり、かつ対象となる労働者が多数いたような場合、多額の未払い賃金を請求されて会社の経営自体が傾くおそれもあるため注意が必要です。

労働条件の不利益変更に関する裁判例

労働条件の不利益変更に関してはいくつか有名な裁判例があります。その中から、労働条件の不利益変更が認められた判例をご紹介します。

【最高裁判所平成9年2月28日第二小法廷判決】

Y銀行では、55歳を定年としていましたが、健康な男性従業員については、賃金額を維持したまま58歳まで再雇用を認める取り扱いをしていました。
この取り扱いを改めるために、Y銀行は、就業規則を変更して定年を60歳に延長すると共に、55歳以降の賃金と賞与を引き下げることとしました。Y銀行は、この就業規則の変更に先立って、従業員の90%で組織する労働組合と交渉し、この変更について合意の上、労働協約を締結していました。
しかし、労働組合の組合員でない従業員が、就業規則の変更による労働条件の不利益変更は無効だとして未払い賃金の支払いを求めて提訴しました。
裁判所は、労働者の不利益はかなり大きなものであったとしつつ、合理性の判断に当たって以下の点を考慮しました。

  • 定年延長の高度の必要性があったこと
  • 従来の定年である55歳以降の賃金を変更する必要性も高度であったこと
  • 福利厚生制度の適用延長や拡充等の措置が採られていること
  • 就業規則の変更が労働組合の合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであること

これらを総合的に考慮した結果、裁判所は、不利益変更の必要性や相当性を認め、就業規則の変更には合理性があると判断しました。

労働条件の不利益変更を行う場合の手順のまとめ

まず、不利益変更について労働者の合意が得られるようにその必要性等を説明します。
そして、労働者の合意を得ることが難しい場合には、上記のように、就業規則による変更を検討する必要があります。
就業規則を変更する際には、労働者過半数の代表者の意見を聴取する必要がありますが、合意を得る必要はありませんので、労働者の意見の内容に拘束されることはありません。変更後の就業規則は、所轄労働基準監督署に届出を行い、労働者に周知する必要があります。

まとめ

今回は、労働条件の不利益変更について解説しました。

就業規則の変更による労働条件の不利益変更は、一定の要件を充たす場合に適法となりますが、その要件を満たすか否かの判断が難しい場合も多いので、必要に応じて弁護士のアドバイスを受けることをおすすめします。

東京スタートアップ法律事務所では、企業法務のスペシャリストが様々な企業のニーズや方針に合わせたサポートを提供しております。労働条件の不利益変更を行う際のアドバイスも行っておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。

弁護士宮地 政和 第二東京弁護士会
弁護士登録後、都内の法律事務所に所属し、主にマレーシアやインドネシアにおける日系企業をサポート。その後、大手信販会社や金融機関に所属し、信販・クレジットカード・リース等の業務に関する法務や国内外の子会社を含む組織全体のコンプライアンス関連の業務、発電事業のプロジェクトファイナンスに関する業務を経験している。